タイトル:戻って、ひらく。——自分の声を聞かなかった私が、人生を見直した日
「自分を大切にする」って、どういうことですか?
昔の私は、その意味すら分かっていませんでした。
母は、いつも自己犠牲の人でした。
家族のために頑張って、誰かを優先して、我慢して。
そんな姿を見て育った私は、知らないうちにこう思い込んでいました。
自分は後回しにするもの。
人を優先できる人が、いい人。
そして、“いい人”でいれば愛されると信じていました。
恋愛も、仕事も、なぜか満たされない
恋愛は、うまくいきませんでした。
好きな人ができても、いつも「一番」になれない。
本当は大切にされたいのに、どこかで遠慮してしまう。
今思えば、私は好きな人に、まるで本音を言えていませんでした。
嫌われたくなくて、重いと思われたくなくて、空気を読んで。
相手が望んでいそうな自分を選んで、笑って、合わせて。
でもそれは、相手のためというより、
「嫌われないようにするため」の行動だったのかもしれません。
仕事は、評価されました。
「いい先生だね」と言われる。頼られる。期待される。
でも気づけばいつも仕事ばかりで、プライベートは置き去り。
心の奥に、ぽっかり穴が空いていました。
その寂しさに向き合うのが怖くて、私は別の方法で埋めようとしました。
それが、仕事の勉強会に行くことでした。
頑張っていれば、成長していれば、前に進んでいれば、
きっと大丈夫だと思いたかった。
体が止めてくれた
そんな生活を続けた結果、私は40歳直前に体を壊し、退職に追い込まれました。
突然、止まったんです。
「頑張ること」で自分を保っていた人生が。
当時は、悔しさもありました。情けなさもありました。
でも今は、はっきり分かります。
あれは、身体が出してくれたサインでした。
「もう、自分を置き去りにしないで」って。
私は、自分の声をまったく聞いていなかった
退職して時間ができたとき、
ふと気づいたことがあります。
私は、自分の声を全く聞いていなかった。
・本当はどうしたい?
・何が嫌?
・何が悲しい?
・何が怖い?
・本当は何を望んでる?
こういう問いに、私は答えられませんでした。
というより、答えようとすらしていなかったんです。
好きな人に本音を言えなかったのは、
相手が怖かったからだけじゃなくて、
自分自身が、自分の本音を知らなかったから。
本音を聞かない生活が長すぎて、
自分でも「何が本音なのか分からない」状態になっていました。
思えばずっと、
“誰かの期待に合う私”
“波風を立てない私”
“役に立つ私”
でいようとしていて、
本当の私は、置き去りだった。
ここから私は「戻る」練習を始めた
このブログ名の 「本音の自分に戻って、人生を開花させる」 の「戻る」は、
過去に戻るという意味ではありません。
心の中心点に戻るという意味です。
中心点って、
“本当の私”の声がちゃんと聞こえる場所。
私にとっての「戻る」は、
本音と感情を丁寧に扱って、
自分を大切にする選択へ戻ることでした。
大きな決断じゃなくていい。
むしろ、日常の小さな場面で。
- 本当は疲れてる
- 本当はやりたくない
- 本当は助けてほしい
- 本当はこうしてほしかった
- 本当は、こうしたい
そういう小さな声を、無視しない。
それが少しずつできるようになると、
不思議なくらい、言葉が変わっていきました。
選ぶ行動が変わっていきました。
人との距離感も変わっていきました。
そして、現実が少しずつ、ひらいていく感覚がありました。
このブログで届けたいこと
私は小学校教師として20年、子どもたちを見てきました。
そして同じくらい、親の苦しさも見てきました。
子どもも大人も、
頑張りすぎて、自分の声が聞こえなくなることがあります。
でも、戻れる。
いつからでも、戻れる。
このブログでは、親子の関わり方(声かけ・問いかけ)と、
大人が本音に戻る整え方を、教育現場の実践も交えて届けます。
あなたがあなたに戻り、
もっと自由に、あなたらしくひらいていけますように。
最後に
よかったら、今日この問いだけ持ち帰ってください。
今、ほんとはどうしたい?
答えが出なくても大丈夫。
「分からない」でもいい。
その問いを持てた時点で、もう戻り始めています。
今、あなたが中心点に戻るために必要なものは何ですか?
(休息/言葉/時間/安心/ひとりの空間…なんでも)

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