本音で生きていない親が、子どもに主体性を教えられるのか――20年の教師経験から考えたこと

「主体性を育てよう」

今の教育でよく聞かれる言葉です。

でも私は、20年間小学校の教師をしてきて、ずっとある問いが頭から離れませんでした。

本音で生きていない親が、子どもに主体性を教えられるのだろうか。

「主体性」という言葉の落とし穴

「自分で考えなさい」「自分で決めなさい」「自分から動きなさい」

こう言いながら、実は大人が望む方向に子どもを動かそうとしていることがあります。

それは主体性ではなく、「大人にとって都合のいい自発性」です。

本当の主体性とは、

「私はどう感じているのか」
「私は何を大切にしたいのか」
「その上で、どう行動するのか」

を自分で選べる力のことだと思っています。

自分の本音がわからないまま、主体的には生きられない

子どもが「自分で選んでいる」ように見えても、その中身が

「先生が喜びそうだから」
「怒られないから」
「みんながやってるから」
「評価されそうだから」

であれば、それは他人の期待に合わせた選択です。

これは子どもだけの話ではありません。大人も同じです。

自分の本音がわからないまま生きていると、気づかないうちに「正解を選ぼうとする癖」がついてしまいます。そしてその姿を、子どもはちゃんと見ています。

子どもは大人の言葉より、大人の在り方を見ている

親が本音を隠して、周りに合わせて、評価ばかり気にして生きているのに、子どもにだけ「自分で考えて選びなさい」と言っても、伝わりません。

子どもは賢いから、こう感じ取ります。

「結局、大人が喜ぶ答えを言えばいいんでしょ?」
「本当のことを言ったら、面倒なことになるんでしょ?」

これでは、いくら「主体性を育てよう」と言っても、上辺だけのものにしかなりません。

大人に必要なのは「完璧に本音で生きること」ではない

ここで大切なことをお伝えしたいのですが、大人が完璧に本音で生きられていなければ主体性を育てられない、というわけではありません。

それでは、親も苦しくなってしまいます。

大切なのは、こう問い続けることです。

「私は今、子どもに期待を押しつけていないか」
「この子の本音を聞こうとしているか」
「私自身、自分の本音をごまかしていないか」

「正解を教える人」から「本音に戻る姿を見せる人」へ。

その小さな変化が、子どもに安心を届けます。

親が本音を取り戻すと、子どもが変わり始める

親が自分の本音を大切にし始めると、子どもの表情が変わることがあります。

「本当はどう思う?」と聞いた時に、恐る恐るだった答えが、少しずつ自分の言葉になっていく。

「どうせ怒られる」と思っていた子が、「こうしたい」と言えるようになっていく。

主体性は、命令では育ちません。本音を大切にされる経験の中で育つのです。

まとめ

本音で生きていない親が、子どもに主体性を教えられるのか。

完璧に本音で生きられていなくても大丈夫です。

ただ、自分の本音に少しずつ戻ろうとする姿を見せること。子どもの本音を聞こうとすること。

それだけで、子どもは変わり始めます。

まず親が、自分を信じ直すところから始めていい。それが子どもの主体性を育てる、一番の近道だと思っています。


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